『河野君』
急げー!今日は寝坊したぁ。朝から母さんには怒られるし、父さんにもゲンコツを一発入れられた。
ついてない朝だよ。僕は川岸の道を必死で走った。その時、チャポチャポと何匹もの魚が跳ねる音に
びっくりして一瞬よそ見をしたら、急に目の前に人がいた。僕はすぐに止まれなくて、ぶつかってしまった。
「イテテ・・・。」
ぶつかったのは、僕より少し背の低い男の子だった。あ〜こんなことしてられないのに。早く学校へ行か
なくちゃ。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。」
僕は、その男の子にペコペコ頭をさげて、ちょっと擦りむいた足をかばいながら、また学校へ急いだ。
教室にセーフで入った時、鐘がなって先生がやってきた。先生は、誰かと一緒だ。教室に入ってきて
驚いた。さっき僕がぶつかった男の子だ。転校生だったんだ。
「おはよう。今日は転校生を紹介します。河野克波(こうの かつなみ)君といいます。みんな仲良くして
くださいね。河野君、自己紹介してください。」
「よろしくお願いします。向町の大川からきました。」
河野君は、赤くなりながら自己紹介をした。
休み時間になってから河野君に、朝ぶつかったことをもう一度あやまった。河野君は、全然大丈夫だよ
って言ってくれた。あーよかった。
河野君がやって来て何日かしてプールが始まった。でも河野君は、いつもプールを休んでた。だから聞い
てみた。
「河野君、泳げないの?だからプールの時間は、休むの?」
「ううん。泳げるよ。泳ぐの得意だよ。でも学校のプールに入ると気分が悪くなって、寝込んじゃうんだ。
あのね、おんなじ水に見えても違うんだ。川の水は、生き物が生きていけるけど、プールの水じゃ生きて
いけないんだ。プールの水って、人間の都合でお薬がはいっているからね。」
「人間の都合?河野君も人間じゃん。」
「あっ、そうそう。そうだった。あはは。」
『変なヤツ。』
そう思いながら、その時のことは忘れてた。
学校が夏休みになった。麦茶をゴクゴク飲んで、『よ〜し、川へ遊びにいくぞ!』と玄関を出ようとしたとき、
母さんが僕に言った。
「明日から川の工事が始まるらしいわよ。コンクリート化されるんだって。」
「えー!」
その川は、僕の大切な遊び場だったんだ。ホタルも飛ぶし、フナもたくさんいるし、時々カメも泳いでる。
シオカラトンボだってたくさん飛んでる。でも、コンクリート化されたら、そこに住んでる生き物たちはいな
くなる。まったく大人は、なに考えてるんだ。その時、僕は河野君の言ってたことを思い出した。
『人間の都合・・』って言ってたこと。
僕は急いで川へ行ってみた。明日から工事が始まるっていう立て札の傍に河野君が立っていた。なんだか
寂しそうにうつむいてる。
「河野君、どうしたの?」
「また転校するんだ。」
「えっ、来たばっかりなのに、なんで?」
「これなめてみて。本当がわかるから。」
どういうこと?と思いながら河野君がくれた飴玉を口に入れてみた。口の中にスイカみたいな味が広がっ
た。
「あっ!」
僕は、驚いた。目の前にカッパがいる。
「河野君ってカッパなの?」
「ああそうさ。なんでびっくりするの?川にフナやカメがいるのとおんなじだよ。カッパもいるんだ。でもここも
工事が始まって住めなくなる。だからまた転校するんだ。」
「なんでコンクリートで川を固めちゃうんだろう。そんなことしたら川の生き物も植物も何にも生き物が住め
なくなるのに。」
「僕もおんなじ気持ちだよ。」
河野君と僕は、しばらく川をみていた。河野君が川岸に生えてる草を摘んで僕にくれた。
「これね、きゅうり草っていうんだよ。こうやって小さな花のところを揉むときゅうりの香りがするんだ。僕の
好きな花なんだ。」
やってみると本当にきゅうりの香りがした。
「本当だ。きゅうりみたい。やっぱりカッパってきゅうりが好きなんだね。」
「うん、大好物。」
アハハって2人で笑いあった。それから『友だちでいよう。』って握手した。カッパの友だちがいるなんて
僕は嬉しかった。
河野君が転校してから気がついたことがあった。河野克波って(こうの かつなみ)と読むんじゃなくて
(かわの かっぱ)って読むんだよ、きっと。
また会えたら、聞いてみるんだ。名前の事とスイカ味の飴玉の事を。
おしまい
